イトーピア浜離宮マンション建替組合理事長 建替え体験記
1979(昭和54)年に竣工した、JR浜松町駅からほど近くにある『イトーピア浜離宮』。総戸数328戸のうち、およそ8割の権利者はこのマンションには住んでいない外住者が占め、地方や海外在住者もいます。マンション業界関係者の間でも、「この建替え決議は難しいのでは……」とささやかれるほどでした。そうしたなか、権利者の代表である理事会とコンサルタント、そして東京建物の「共創」により2018年10月、マンション管理組合の臨時総会でついに建替え決議が可決されました。この建替え事業を担当した東京建物プロジェクト開発部の大橋とともに、建替組合理事長、コンサルティングを担当したシティコンサルタンツの中川俊彦氏が集まり、可決に至るまでの道のりを語りました。
イトーピア浜離宮マンション建替組合理事長
まず、マンション業界内でも困難とも言われていた『イトーピア浜離宮』のマンション建替え決議の可決を、どのように受け止めておられますか。
左:(株)シティコンサルタンツ 中川俊彦氏
右:東京建物(株) プロジェクト開発部事業推進グループ グループリーダー 大橋利安
東京建物やシティコンサルタンツ任せではなく、「理事会が事業主体なのだ」という自主性を持って取り組んできました。涙こそ出ませんでしたが、やはり安堵しました。
建替え決議には328戸の権利者の方々に参加していただき、皆さんが納得した上で合意形成してもらうという役割を担ってきましたから、私も本当にほっとしました。
理事会、コンサル、東京建物が、それぞれ役割分担をしたからこそ実現したのだと思っています。臨時総会では権利者の方から、私たち事業者がやってきたことにご理解とご納得をいただき、権利者目線でも可決に向けた機運を盛り上げる発言をしていただけました。そこは、大変うれしかったですね。
最後は、臨時総会の会場全体に一体感が感じられたほどでした。
2016年5月の東京建物の事業者選定から、 マンション建替えに向けての合意形成はスムーズに進んだのでしょうか。
いや、そう簡単ではありませんでした。というのも、実は2014年に管理組合の総会で一度、建替え推進決議は否決されていたという経緯があります。その同じ総会で、くしくも私が理事長に選任されましたので、私なりに否決の原因を考えてみました。そこで最も痛烈に感じたのは、権利者とのコミュニケーションの不足です。私自身も会社員時代は海外赴任も多くて無関心でしたが、物件の特性としてワンルームが全体の76%を占めていて、85%の権利者が外部居住者だったのです。
理事長になられて、勉強会を頻繁に開催されたり、電子掲示板で意見交換の場を作るなどされたりしました。私が最初にお会いした際には、建替えについて非常によく勉強されていて、知識の蓄積がある理事会だなという印象を受けました。
私もそう思いました。加えて、実際に事業を進めるのは誰なのかという疑問が出た際、よくあるケースとして「権利者の同意も含めてデベロッパーやコンサルタント会社がすべてやってくれるだろう」という考え方があります。それが、イトーピア浜離宮では、「事業主体は我々理事会だ」という強い意思が感じられました。
建替え決議可決までの経緯
2006年 |
建物耐震2次診断調査を実施 (耐震性能の不適格箇所の存在が判明) |
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2007年 |
マンション再生勉強会 (議論深まらず) |
2009年 | マンション再生検討委員会設置 |
2010年 |
マンション再生検討委員会最終答申 (経済情勢の好転があるまで保留) |
2011年 |
東日本大震災発生 (「東京における緊急輸送道路建築物の耐震化を推進する条例」に基づき耐震不足解消の要請) |
2012年 | 腐食が進む部分の改修・改善工事実施 |
2013年 |
再生手法の検討 (建替えが最も合理的と判断) |
2014年 | 総会で建替えについての特別決議が否決 |
2015年 |
管理組合にて耐震補強、免震改修、建替えを比較 臨時総会にて建替え推進事業が可決 建替え推進委員会設置 |
2016年 | 事業協力者選定 |
2018年 | 総会で建替え決議が可決 |
そもそも理事会が東京建物を中心とする事業者グループを選定されたのはなぜなのでしょう。
事業者選定をするにあたって、いくつか条件を設定したのですが、そのすべての条件に応えてくれたのが東京建物だけでした。ほかの事業者は、こちらの条件以上に保留床(権利者が取得する権利床に対して、それ以外の第三者に分譲される敷地・床)を増やして事業性を高めたいというような思惑だったり、非現実的な提案だったのです。それで2016年5月に東京建物を選定しました。しかし当初の条件では20%と試算していた転出率が、実際に権利者へアンケートを取ったところ3.6%と非常に低くなってしまったんです。「これは東京建物には悪いことをしたな」と思いました。
転出率が低いとその分だけ保留床が減ってしまい、建替え事業の収支バランスに大きな影響が出てしまうんです。もちろん、私たちも企業として利益は追求しなければなりません。ただ、企業利益だけを押し付けた結果、合意形成が進まず、建替え決議に至らなければ元も子もありません。そこからは、お互いに歩み寄れる部分について理事会ともぎりぎりの議論をして、ご理解もいただき先に進むことができました。
この転出率の問題に対して、お互い妥協点を見つけて解決できたことで信頼関係が強固になりました。それだけ正直に、胸襟を開いた話し合いができたんです。最終的に東京建物は、権利者の大多数が納得のいくとてもいい提案をしてくれました。今回の建替え事業において、私の功績の一つは東京建物を事業者として選んだことだと思っているんですよ。
こちらも、権利者の方々には建替え後に取得する権利床について、増床せず現状のまま維持とするという大きな妥協をしていただきました。その点については、理事長が先頭に立って権利者の方々に説明してくださったり、中川さんをはじめシティコンサルタンツの皆様にも根気よく対応していただきました。
シティコンサルタンツは、早くからマンションの一室に相談室を設けてスタッフを常駐してくださった。これは、とてもすばらしい取り組みでした。
建替えとなると、権利者の方々の不安や疑問は尽きません。私たちはこれまでの建替え事業実績から、その先に何が起こるかが見えていますから、どうすれば皆さんがご安心いただけるかを考えたんです。説明会を開いたり、パンフレットを作るなどしましたが、一番効果があったのはこの相談室でした。当社のスタッフがほぼ常駐し、皆さんと正面から向き合うことで事業という枠を超えて、人と人とのお付き合いができたと思います。
「イトーピア浜離宮」管理組合による建替え基本理念
- 1
- 多数の高齢で経済的基盤の弱い居住者の経済的負担を軽減するため、還元率が高く、増床分コストが低いこと。また、新居での管理費、修繕積立金が負担にならないこと。
- 2
- 居住者の転出、転居、借家人への補償問題等での精神的・物理的サポートが得られること。
- 3
- 恵まれた立地と眺望を活かした魅力ある建築物であること。
権利者の皆様とのコミュニケーション以外にも、マンション建替え事業という長期にわたるプロジェクトでは避けようがない不確定要因が多く出てくるそうですね。
1つは、行政手続き上の課題です。2017年10月に国土交通省と厚生労働省から、大規模マンション建設については待機児童対策として保育施設を設置するようにという通達があり、このプロジェクトでも対応を迫られました。その手続きのため、大幅なスケジュール遅延の可能性もありましたが、グループ会社と連携し、グループ力を発揮することで影響を最小限に抑えることができました。
ほかにも2018年8月には、省令改正によってアスベスト除去費用が想定よりも事業収支を圧迫する懸念が出てきました。ただ、どちらの課題も東京建物が設計を担う株式会社松田平田設計とともに間取りやエレベーターを含むコア部分の設計見直し、さらにはワンルームを複数所有する権利者の住戸を1部屋に集約するという工夫によって権利床を効率的に減らすなど、さまざまな角度からの提案をしてくれました。そのおかげで何とか乗り切ることができました。
東京建物とは、国内最大規模の建替え事例であった『ブリリア多摩ニュータウン』事業でも一緒に取り組みましたが、今回の件で改めて、「粘り強い人たちのいる会社だな」と実感しました。
それもやはり、今回のイトーピア浜離宮では役割分担ができていて、我々のやるべきことに集中できたことが大きな成功要因でした。共創によって、建替え決議の可決というすばらしい結果にたどり着けたのだと思います。事業としては、これからいよいよ皆さんの夢を形にしてくことになります。この先も建物の完成に向け、皆さんとの共創で、実現していきたいと思います。
「(仮称)イトーピア浜離宮建替計画」
設計は、『ブリリア多摩ニュータウン』でもタッグを組んだ松田平田設計が担当。「FUSION(融合)」をテーマに、浜松町という土地が持つ歴史と先進性、海と空、水と緑を“繋ぐ”プランが提案されており、緑豊かな公開空地も十分に確保されるほか、地上32階・118.6㎡を予定する屋上にはテラスも設けられ、ウォーターフロントの眺望も楽しめる。
転出率と保留床について
「転出率」とは、権利者のうち建替え後の物件への入居を望まない方の割合のこと。建替え事業の収支は主に、建築工事費の支出分を物件の容積率が許す範囲での増えた床面積分、転出する権利者が保有していた床面積分を合わせた「保留床」を分譲することで得られる収入によりバランスさせる。
※ほかに、転出しない権利者が区分所有していた床面積に対し、建替え後に得られる床面積が等積還元とならない場合には、その余剰分も保留床となる。また、「マンション建替え円滑化法」などによる補助金を事業収支に組み込む場合もあり。